The Dog Stars

いつかぼくが帰る場所

いつかぼくが帰る場所

『いつかぼくが帰る場所』ピーター・ヘラー〈早川書房

メーデーメーデー、こちらセスナ6333A、寂しくてたまらない……謎の疫病により、妻や友人知人のすべてを失った男ヒッグ。一変した世界で暮らす彼の仲間は、愛犬ジャスパーと、ガンマニアの隣人バングリーだけだ。しかしヒッグは、数年前に無線から聞こえてきた声が忘れられない。もしかしてどこかに元の世界が残っているのではないか? ある日ついに思い立った彼は、セスナ機で外の世界に飛び立つが……。人類がほぼ壊滅した後の世界の、絶望と祈りを描く傑作長篇。

たまたまなのかもしれないけど、『ステーション・イレブン』*1と同じように、ポストアポカリプスものだけど、本作も優しさと平穏が主旋律。
考えてみれば、『アイ・アム・レジェンド*2も「優しい」物語であったか。


今作が、ポストアポカリプスものとして珍しいのは、主人公が飛行機を飛ばせるというところ。
これまでの文明破壊後の世界に比べると、圧倒的な機動力と視点を手に入れているにもかかわらず、だからこそ、彼の眼下に広がるのは人類滅亡と文明崩壊の痕であり、自分(たち)以外には誰もいないという絶望。


文体は、引用符「かぎかっこ」がなく、短文の連続というもの。
これによって『ザ・ロード*3の模倣と見られることもあるそうだけど(読んだけど覚えてない……)、本作の主人公、ヒッグは熱病による障害と孤独で、思考にまとまりが欠け、ひとりごとの癖があるという状況を表している。
これにより、彼の優しい人間性、それでも人を信じようとする心が自然と伝わってくる。
それを強化するのが愛犬ジャスパーの存在であり、かつて無線から聞こえてきた声の記憶。
この二つが大きく物語を動かすことに。


『ステーション・イレブン』と同時期なのは、利他行為が「小さな世界」を救うというのが、最近の現実の世界状況へのささやかな抵抗なのかな。