THE MYSTERIOUS SHOWCASE

ミステリアス・ショーケース (ハヤカワ・ミステリ)

ミステリアス・ショーケース (ハヤカワ・ミステリ)

非常に評判のいい新生ポケミス作家のアンソロジー

まだ一篇の小説も世に出していない作家に取材の依頼が届く。それはアルゼンチンの美しい女子大生からだった(デイヴイッド・ゴードン「ぼくがしようとしてきたこと」)。田舎町の下水処理会社で働く青年は車を西へと走らせる、セクシー映画女優になった高校の同級生を連れもどすために! (ニック・ピゾラット「この場所と黄海のあいだ」)。ペニオフ、フランクリン、クック、ハミルトンら、ボケミスの人気作家による豪華競演!ダグ・アリンのアメリカ探偵作家クラブ賞受賞作「ライラックの香り」も収録した最高の短篇集。

・「ぼくがしようとしてきたこと」……デイヴィッド・ゴードン
作家志望の主人公のもとに、アルゼンチンの女性から手紙が届く。
なぜか、彼のことをポストモダニズムの重要人物だと思っているらしく、研究したいという。
彼の元を訪れ、いい仲になるが、過去に描いていた作品を知られると……
『二流小説家』*1の前日譚のような話。
ダメ男っぷりは、相変わらず(笑)
完璧な女はいないけど、逆にそれを願っている妄想小説とも読める。


・「クイーンズのヴァンパイア」……デイヴィッド・ゴードン
詩と小説が好きな、病弱な少年。
アパートも最上階に住む、盲目の老人の正体に気づき……
マキャモンあたりが書きそうな話だなぁ。
非常に好みだけど、二作とも『二流小説家』と似たタイプの短篇なんで、違う感じの作品も入れて欲しかった。
それとも、全部こんなテイスト?


・「この場所と黄海の間」……ニック・ピゾラット
都会に出た娘を取り戻したい元アメフト監督と、彼女に片想いしていた青年。
トラックでカルフォルニアに向かうが……
童貞小説ならではの女性美化なんだけど、現実を観てもそこで落ち込むことなく、成長するのが爽やか(笑)
また、道中の擬似親子関係も心地いい。


・「彼の両手がずっと待っていたもの」……トム・フランクリン&ベス・アン・フェンリイ
被災地荒らしの強盗を追う賞金稼ぎ。
捨てられた赤ん坊を見つけ、途中で出会った女性に預けるが……
厳しい自然、骨太な人生、トム・フランクリンらしい短篇。


・「悪魔がオレホヴォにやってくる」……デイヴィッド・ベニオフ
チェチェンでテロリストの協力者を探す三人の兵士。
直前に捨てられたと思しき屋敷の中で、隠れていた老婆を見つける。
彼女を連れ出して殺してこいと命じられた新兵は……
『卵をめぐる祖父の戦争』*2の原型になったという短篇。
時代は違うものの、過酷な戦場を舞台にしながら、ユーモアと尊厳と優しさも描かれているのは同様。
『99999』*3も読もうかなぁ。


・「四人目の空席」……スティーヴ・ハミルトン
ゴルフコースで見つかった死体。
大雨の中でもプレイをするようなゴルフ狂だったのだが、果たして誰が?


・「彼女がくれたもの」……トマス・H・クック
黒ずくめの女に、バーで声をかけられた作家。
情事のあと、自殺しようと持ちかけられる。


・「ライラックの香り」……ダグ・アリン
南北戦争期のアメリカ。
夫は馬とともに山に隠れ、息子は戦場に、妻は家を守っていた。
ある日、夫の前に脱走兵が現れ、彼を助けるが……
分裂してしまった国の縮図と化した一家。
善悪はなく、そこには混沌だけが存在する。
そんな世界にそぐわない、美しい題名。
これがラストで、思わず声が出てしまうような悲劇を表す。


純粋にミステリと呼べる作品のほうがむしろ少なく、それを期待していると残念な読後感になるかも。
個人的には満足の一冊で、かなり良質なアンソロジーだと思う。
お気に入りは「ぼくがしようとしてきたこと」「クイーンズのヴァンパイア」「悪魔がオレホヴォにやってくる」「ライラックの香り」かな。