ATLAS
- 作者: 董啓章,藤井省三,中島京子
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2012/02/21
- メディア: 単行本
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虚実ないまぜの歴史と地理を織りあげることで「もう一つの香港」を創出する表題作のほか、伝説の農業の祖〈神農〉をめぐる時空を超えた物語「少年神農」、消えてしまった街路の盛衰をめぐる「永盛街興亡史」など、現代香港を代表する作家の日本語版オリジナル作品集
収録作品
・「少年神農」
・「永盛街興亡史」
・「地図集」
・「与作」
短篇集ではあるんだけど、内容的にも分量的にも表題作がメイン。
香港の地図案内なんだけど、そこに書いてある内容はなんとも奇妙。
地図だけがその存在を示すほどの遠未来で、香港の意味を捉えようとする学者たちの報告という体のSFにも、こことは違う香港の姿を垣間見せてくれるファンタジーとも読める。
例えば、
輪作の名残から、季節によって、並行した通菜街と西洋菜街を行き来する住民。
英国人のために雪を作っていた雪廠街。
攻略ゲームの地図を、日本による香港侵略の証拠とみなす学者。
歴史を知ってるのでは、とオウムにインタビューする学者。
時間を循環する電車。
などなど。
しかも、真実(一般的な)を交えているからどこまで嘘か見分けがつかず、しかし、その筆致はあくまで真面目くさっているため、かえって胡散臭さが増している。
帯にも、作中にもボルヘス、カルヴィーノの名前が上がっているんだけど、個人的には『幻獣辞典』*1と触感が近い印象。
あちらが「ファンタジーの生き物」というイメージしやすい物を文字だけに因数分解し、そこからボルヘスの言葉として再構築しているのに対して、こちらは地図という抽象化されたものを、表意文字である漢字、英語名を音訳した漢字から再解釈して、まことしやかな、しかし、完全に誤読された世界を作り出している。
その錯誤され、小説化した地理を楽しむ小説なんだけど、香港の実際の町並みを知らない者にとっては、出鱈目と断言できないもどかしさ。
これまで読んできた中国の小説は、猛烈な臭気のするド田舎、が舞台のものが多かったんだけど、これは作者が香港生まれで比較的若いこともあるのか、それが感じられなかったのが個人的には印象に残った。