THE VIRGIN’S GIFT

『聖母の贈り物』ウィリアム・トレヴァー国書刊行会 短篇小説の快楽〉読了
なんとも魅力的な叢書名〈短篇小説の快楽〉の第一弾。
トレヴァーは日本ではあまり耳慣れませんが、海外ではメジャー作家だそうです。

 収録作品
・『トリッジ』Torridge
・『こわれた家庭』Broken Homes
・『イエスタデイの恋人たち』Lovers of Their Time
・『ミス・エルヴィラ・トレムレット 享年十八歳』The Raising of Elvira Tremlett
・『アイルランド便り』The News from Ireland
・『エルサレムに死す』Death in Jerusalem
・『マティルダイングランド』Matilda’s England
1.『テニスコート』The Tennis Court
2.『サマーハウス』The Summer-house
3.『客間』The Drawing-room
・『丘を耕す独り身の男たち』The Hill Bachelors
・『聖母の贈り物』The Virgin’s Gift
・『雨上がり』After Rain

短篇小説というか、短篇の長さに凝縮された人生を読んでいるような感覚でしょうか。
主人公は普通の人々。ドラマチックな大事件は起きないけれども、そこにあるのは誰にでも訪れうる決断。
その決断によって引き起こされる圧倒的な運命の前に、抗うこともできず、収まる場所に押し流されてしまう姿に苦しくなる。
どうしようもなく、取るべき道が他にないこともよくわかるから、読んでいてつらい。


気に入ったのは、
・『トリッジ』
 学生時代、鈍くてみんなから笑い者として愛されていた同級生。
 三人の親友同士は、いつも彼のエピソードを回想しては、家族を笑わせていた。
 数十年後、初めて三人とその家族の前に現れた彼の姿と、それが引き起こしたものは……
・『こわれた家庭』
 恵まれない家庭に育った生徒と心の交流をするため、
 ボランティアで台所を塗り替えさせて欲しいと頼まれる一人暮らしの老婆。
 しかし、彼女は今の色が気に入っており、来たら断ろうとするが……
・『イエスタデイの恋人たち』
 旅行会社に勤める男。
 一人の若い女性と付き合うようになるが、妻と別れられるはずもない。
 高級ホテルの風呂に誰も来ないことに気づいた二人は、
 そこで長い時間過ごすようになるのだが……
・『エルサレムに死す』
 田舎で暮らす真面目な弟と、都会で神父をしている羽振りのいい兄。
 弟は昔からエルサレム巡礼を夢見ていたのだが、年老いた母を置いて行くことはできない。
 ある年、ついに兄弟でエルサレムに向かう。
 しかし、到着した日に、兄は母が死んだことを知るが…… 
・『マティルダイングランド
 近所の屋敷に取り付かれた、マティルダの少女から中年までの年代記


特に、『こわれた家庭』の苦しさと、ちょっとファンタジックな『イエスタデイの恋人たち』がよかったかな。


異色作家短編集のアンソロジーに収録されているけど、奇想を期待すると違うので注意。