THE MARTIAN

火星の人 (ハヤカワ文庫SF)

火星の人 (ハヤカワ文庫SF)

『火星の人』アンディ・ウィアー〈ハヤカワSF1971〉

有人火星探査が開始されて3度目のミッションは、猛烈な砂嵐によりわずか6日目にして中止を余儀なくされた。だが、不運はそれだけで終わらない。火星を離脱する寸前、折れたアンテナがクルーのマーク・ワトニーを直撃、彼は砂嵐のなかへと姿を消した。ところが――。奇跡的にマークは生きていた!? 不毛の赤い惑星に一人残された彼は限られた物資、自らの知識を駆使して生き延びていく。宇宙開発新時代の傑作ハードSF

『月は地獄だ!』*1『渇きの海』*2アポロ13*3「日の下を歩いて」*4ゼロ・グラビティ*5に続く、宇宙サバイバルものの傑作登場!


この手の物語は、最後は助かるのがわかっているものの、人間を完全に拒絶する宇宙という環境、限られた物資、救助隊が絶対に期待できない状況を知識と工夫でどうやって生き延びるのか、という構成要素だけで出来ているから、ドラマチックにならないはずがない。
食料は? 水は? 空気は? 通信は? と問題山積で、その問題解決自体が物語の推進力となる。
この手の物語は危機また危機がお約束だけど、作者の言葉にもあるように、主人公を苦しめるためだけに挿入される危機ではなく、一つの問題を解決することによって副産物として危機が生まれてしまう。わかり易い例では、水を作るために水素燃やして爆発させちゃうとか。
物語は、基本、人間関係(政治力学)による危機はなく、あくまで火星サバイバルだけに特化している。


しかし、一番の特徴は、


見て見て! おっぱい!->(.Y.)


かなw
これだけで、今年のベストは揺るぎないものになった(注:揺れるおっぱいは出てきません)


マークの一人称(ログ)パートと、ヒューストンなど彼を見つめる人々の三人称パートに分かれている。
この一人称パートのユーモラスさがあまりに魅力的すぎて、最初はサバイバルを味わうために読んでいたのが、彼の発言を追っていることに気づく。
個人的には、ハードSFの印象が全くなくて、こんなに笑ったハードSFは初めてかも。
宇宙飛行士なんだからエリートなのに、かなりのアホキャラw
それなら、全編一人称にすればいいじゃないかと思われるかもしれないけど、コントなら、三人称パートはネタ振りの役割になっていて、マークがそれに答えるようにボケる。
例えば、物語前半ヒューストンは監視衛星で彼の様子を確認することしかできず、「彼は何を考えているんだろうな……」とシリアスな場面から一転、マークはその時アクアマンの超能力の不条理を考えている、という塩梅。
ヒューストンがやるなということをやっちゃって危機を脱する(陥る)というのはパターンとしてあるけど、本作の場合それが完全にギャグ方面に傾いている。マークには、交信が「押すなよ押すなよ」と聞こえているに違いないw


作者は火星人など、今現在確認できない要素は入れず、リアルな火星の状況とそこから導き出される危機で物語を構築している。
リアルを売りにしたハードSFは、ともすれば、キャラクターは二の次で、状況を動かすためだけの無味乾燥な人物造形になりがちだけど、その代わりに投入されているのが、マークのオタクネタと皮肉とブラックジョークと愚痴に溢れたひとり語り。これがこの上もなく物語と主人公を愛すべきものにしている。正直、上記した過去作のキャラクターって、直近の『ゼロ・グラビティ』以外覚えてないんだよね。
リアルな火星サバイバルだけだったら、ここまで好きにならなかっただろうなぁ。


マット・デイモン主演で映画化進んでいるようだけど、彼は「見て見て! おっぱい!->(.Y.)」やってくれなそうなんだよなぁ。