THE BLOOD OF ROSES

安らかにまどろむ、コルフレンの領主の息子メカイル。無垢なる幼子を怪異が襲った。黒い花のごとき蛾が、幼子の血を吸い、その体を持ち上げて天井から放り出したのだ。重傷を負い、片腕がきかぬまま、メカイルは二十一歳になった。いまだ領主の後継ぎであるがゆえに、敵対する家の捕虜を、その手で殺さねばならない。仇敵殺し、古の異教の儀式。腹違いの弟クラウは十五で成し遂げた。だがメカイルの前に、巧妙な罠がそのあぎとをあけて待ち構えていた。幾重にも重なる幻惑と変化。闇の女王タニス・リーの精髄。ダークファンタジーの大作登場。
母でもあり、父でもある。生命であり滅亡であり、そして神でもある森。〈選ばれし者〉である少年ジュンは、〈森の男〉の元で暮らしていた。生贅として〈樹〉に捧げられる運命の少年。だが、最高潮に達した儀式は、領主によって中断させられた。クリストゥスの名において、領主の兵の剣が〈森の男〉を貫き、異教の儀式を滅ぼした。それでは切り倒された〈樹〉に吊るされた少年は? 死にかけてはいたものの、死にはせず、もはや元の少年ではない。そして物語が始まった。読む人を惑わし、その迷宮じみた物語の胎内に虜にする、タニス・リーの真骨頂。

正直、タニス・リーは苦手なんだよね。
好きな人は「それがいい!」と言うんだろうけど、どうにも、そのお耽美な筆致が……


ところが、今作はその文体が、普通の「ファンタジー」ではあまりクローズアップされることのない部分―すなわち、日常的な暴力、差別、性―を浮き彫りにするのに非常にふさわしい。
それとともに森や血臭、様々な匂いがページの間から立ち上る。
リーなので、BL要素もあるんだけど、それよりも、中世ヨーロッパの「常識」を現代的な味付けすることなく、生のまま出されるため、全体的に漂う、得体のしれない禍々しさ、生理的・道徳的嫌悪感に脳が反応する。
この触れてはならないものを視覚ではなく、嗅覚で感じさせてしまうのが見事。


物語はキリスト教(作中ではクリストゥス教)と異教、文明と自然、聖と俗、父と子、男と女、夫と妻……様々な対立構造を孕んでおり、しかしながら、それらは対であり、不可分であり、または同じものである。
樹に生贄を捧げる異教と、木に打ち付けられた聖像の前でその血肉を受取るクリストゥス教は何が違うのか?


重層的なテーマにさらに厚みをもたせているのが、その小説的な構造。
章が変わるごとに、舞台もキャラクターも変わり、どこに連れて行かれるのかと読み進めるうちに、それぞれのつながりと真実が見えてくる。それも深読みすることなく、何を描いているのかがわかる読書感には、だまし絵や点描画のような快感もある。生理的嫌悪感と書いたばかりだけど(笑)
各章のキャラクターの関係性は円環であり、それは、お互いを飲み込みあうグノーシスの蛇のようでもある。さらに言うなら、〈樹〉は生命の木にも通じるのか。


そして、神の意志は人間には理解できない。
幾通りもの読みができる物語だと思う。