THE VIOLENT CENTURY

完璧な夏の日〈上〉 (創元SF文庫)

完璧な夏の日〈上〉 (創元SF文庫)

完璧な夏の日〈下〉 (創元SF文庫)

完璧な夏の日〈下〉 (創元SF文庫)

『完璧な夏の日(上下)』ラヴィ・ティドハー〈創元SF文庫752-01、02〉

第二次世界大戦の直前、世界各地に突如現れた異能力者たちは各国の情報機関や軍に徴集され、死闘を繰りひろげた。そして現在。イギリスの情報機関を辞して久しい異能力者のひとりフォッグは、かつての相棒と上司に呼び出され、過去を回想する。突然の能力発現、仲間との初めての出会い、終わりなき闘いの日々……。新鋭の世界幻想文学大賞作家が放つ、最先端をゆく“戦争×SF”。英ガーディアン紙2013年ベストSF選出作。
ひとつの戦争の終わりは、べつの戦争のはじまりに過ぎない。老いることのない異能力者たちは、無数の戦場で果てしない闘いを重ねる。そんな血と憎悪にまみれた世界にも確かに存在した愛と、青年たちの友情。そしてフォッグはついに、彼が呼び出された理由である、終戦直後のある事件に隠された真実を語りだす。“暴虐の世紀”の最中にあって〈夏の日〉と呼ばれたあの少女は、異能力者たちすべての運命の鍵を握っていたのだ。

ル・カレの書いた『ウォッチメン*1という評され方をしてるけど、個人的には、我らの歴史を、ともに歩んだスーパーヒーローものという意味で『マーベルズ』*2や『DC:ニューフロンティア』*3の方が印象が近いかなぁ。
まぁ、『ウォッチメン』にせよ『マーベルズ』にせよ、必読は間違いないわけですがw


とあるエネルギーが世界を覆い、ごく一部の人間が超能力を発現した、と聞くと、嫌が上でも〈ワイルドカード〉を思い出しちゃうけど、実際、〈ワイルドカード*4を待ちすぎた人間が病をこじらせたように、番外編として読めちゃうw


しかし、そこは、ジャンルフィクション・サンプリングの達人ラヴィ・ティドハー。
アメコミヒーロー的世界を舞台に持ってきながら、その上で演じられるは、陰鬱なスパイ合戦、常に戦争を続ける20世紀概観、愛と友情と復讐、さらには、量子論的SFを使ったメタ構造。


以下、ネタバレっぽくなっちゃったので、気になる方はスルーで。


『マーベルズ』や『DC:ニューフロンティア』を想起すると書いたけど、一見、20世紀史(=戦争)の影で活躍したスーパーヒーローのような印象があるけど、物語のかなり最初の方で、スタンリー・リーバーマン、シーゲルとシャスターが超人の研究者になっていることから、超能力者がいるだけでなく、『スパイダーマン』も『スーパーマン』もない、我らの世界とは違う世界であることがわかる(中盤で、『X-MEN』もおそらく描かれていないことが示される)


世界を改変してしまった機械は、どやら量子論的SFガジェットらしく、また、物語の語り手も観測者らしい。


終盤で、911のシーンが出てくる。
これは作品世界ではなく、観測者(=読者)の世界の出来事だと思うんだよね。
当時、アメコミ・ライターたちが茫然自失としてしまったように、この世界にはスーパーヒーローはいないんだと目の当たりにしてしまった瞬間。そして、やはり、新たな「暴虐の世紀」が始まる。
「スーパーヒーローがいない」と観測された世界。
閉じたり開いたりする「完璧な夏の日」への扉は、シュレディンガーの猫のよう。あちらは、「スーパーヒーローがいる世界」
今後100年「暴虐の世紀」が続かないように、「スーパーヒーローがいない」の観測者は、「あちら」を観測することで方法を模索しているのだろうか?


しかし、「スーパーヒーローがいる世界」での彼らは、我らが知るような華々しいものではない。
一般人からは恐れられ、有用な道具として使われていく超人たち。
不老ゆえに、戦争があるかぎり、そこからは離れられない。すなわち「暴虐の世紀」である20世紀のおいては、敵味方入れ替わり、時には協力関係になりながらも、彼らは常に戦場に身を置く。
精神だけがすり減っていく彼らの眼差しは永遠に続くPTSDそのもの。
だからこそ、フォッグもオブリヴィオンも拠り所として愛を求める。


まぁ、物語の深読みとは別に、〈ワイルドカード〉のように、能力者をリスト化したくなっちゃうのはSF者のサガw
終盤で能力が明かされるミセス・ティンクルは超強くない?
また、主人公の一人と言ってもいいオールドマンの能力はなんだったんだろう? 何かが視えてるふうだったけど。
〈リーグ・オブ・ディフェンダーズ〉のサーファー・ガールは海に上を高速移動できる能力?
フォッグたちの同僚である、スピットの短篇があるらしいから、『ミステリーズ!』に訳載してほしいなぁ。
ところで、下巻P82の羅列は、映像化されたアメコミ作品だよね?


「巨大な能力には、巨大な責任がつきまとう」はやりすぎだけど、だが、そこがいいw