SELECTED STORIES OF ISAAC BASHEVIS SINGER

不浄の血 ---アイザック・バシェヴィス・シンガー傑作選

不浄の血 ---アイザック・バシェヴィス・シンガー傑作選

「永遠の法則」を追いつづけた人生の終盤で、思いがけない恩寵にめぐまれる初老の男(「スピノザ学者」)、実直で少し抜けていて、みんながからかうギンプルが出会う、信じがたい試練の数々(「ギンプルのてんねん」)、ポーランドの僻村に暮らす靴屋の一族の波乱万丈な流離譚(「ちびの靴屋」)、年老いた夫の目を盗み、牛を切り裂きながら愛人との肉欲に耽る女の物語(「不浄の血」)……。エロスとタナトス渦巻く濃密な世界を、滅びゆく言語(イディッシュ語)でドラマチックに描いた、天性の物語作家の傑作集


・「バビロンの男」Der Yid fun Bovl
・「スピノザ学者」Der Spinozist
・「ギンプルのてんねん」Gimpl tam
・「ちびの靴屋」Di kleyne shusterlekh
・「鏡(ある悪魔の独白)」Der shpigl
・「ありがたい助言」Di eytse
・「呼び戻された男」Der tsurikgeshrigener
・「黒い結婚」Der shvarts hasene
・「ちびにでかいの」Kleyn un groys
・「断食」Der faster
・「ティショフツェの物語」Mayse Tishevits
・「不浄の血」Treyf blut
・「屠殺人」Der shoykhet
・「炉辺の物語」Mayses untern oyvn
・「ハンカ」Hanka
・「おいらくの恋」Alte Libe

『とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢』*1に続いて、これは、河出版異色作家短篇集といっても差し支えないんじゃないでしょうか。


内容的には普通に民話っぽいだけど、OSがユダヤ教なので、なかなか感触は新鮮。
また、死がすぐ後ろにある、というほど、我々の世界とかけ離れてはいないんだけど、ユダヤ教では屠殺人が非常に重要な地位なので、なんとも血なまぐさい気配が物語には漂っている。


この、ユダヤ教における屠殺人については詳しく知りたくなったなぁ。
ユダヤ教に精通し、無くてはならない職業だけど、誰もが望むものではないのは、「屠殺人」で描かれている通り。にも関わらず、食料という意味だけでなく、そのコミュニティを支配できる絶大な力を持っているんだよね。苦労せず、むしろ楽に崩壊させられる。
イメージ的には下働きっぽいのに、宗教コミュニティにおける楔って存在はユニークだよなぁ。


また、出てくる女性が、ふくよかで腕まくりしているような印象(笑)で、やたらと逞しい。


味わい深い作品ばかりなんだけど、お気に入りは、
・「ちびの靴屋
代々靴屋の一族。
しかし、最後の息子たちは渡米してしまい、父一人がポーランドに残る。
ナチスドイツが迫り、彼もアメリカに渡るが……
普通に心温まる年代記なんだけど、妙に心に残る。『アライバル』*2にも印象がかぶるかなぁ。


・「呼び戻された男」
とある町の金持ちの男。
彼は病死するが、妻のあまりの執着なのか、彼は息を吹き返し、しかも健康になる。
しかし、その人柄は別人になっていて……
昔話風なんだけど、蘇った人間の人格が変貌してるってことは、そういうことなのかなぁ……といろいろ考えられて、個人的に非常に興味深かった。


・「黒い結婚」
一人残された導師の娘。
彼女の婿が探されるが、それは悪魔で……
これは、妙にエロティックなビジュアルに脳内変換してしまった。


・「不浄の血」
屠殺人に一目惚れした、資産家の妻。
彼女は老いた夫の目を盗み、屠殺場で彼と情事を重ねる。
しかし、そのうち、家畜を殺す事自体に夢中になり……
首を掻き切った家畜の横でセックスをくりひろげるという、なんてハーシェル・ゴードン・ルイス?