ANIMAL’S PEOPLE

アニマルズ・ピープル

アニマルズ・ピープル

『アニマルズ・ピープル』インドラ・シンハ〈早川書房
インド、ボーパールでの化学工場事故をモデルにした作品。

スラム街の人々から“動物”と呼ばれる青年。インドのカウフブールに住む彼は、赤ん坊の頃に巻き添えとなった汚染事故の後遺症で、四本足での生活を送っていた。「おれはかつて人間だった。みんなはそんなふうに言う」と“動物”はうそぶき、その数奇な人生を語りだす。育ての親であるフランシかあちゃんとの生活、愛しい女子大生ニーシャやアメリカから来た美人医師エリとの出会い、そして汚染事故を起こした「カンパニ」と戦う個性的な仲間たちとの波瀾の日々を――世界最悪と言われた実際の汚染事故を下敷きに、みずからの不遇と容姿に苦悩する青年の生き様をユーモラスに描き上げる傑作長篇。

主人公の一人称でありながら、大多数の読者の視点はアメリカ人女医のエリやオーストラリア人記者と同じで、舞台のスラム街は貧困と汚染であまりに悲惨に映る。しかも、その主人公は汚染の後遺症で四本足で生活する“動物”と名乗る青年。
でも、そこに悲壮さが感じられないのが、語り手たる“動物”とその仲間たちのしたたかで力強い生き様。自分たちの境遇をちゃんと知り、それでもなおエネルギッシュな彼らの前に、汚染事故を起こした「カンパニ」の非道さと狡さが浮き彫りにされる。
猥雑さと叙情さを併せ持った“動物”の口調。詩や歌、ヒンドゥー語が混ざることによって生み出される街の喧騒。マジックリアリズムとはまた手触りの違う、神がすぐそばにいる語り。そのすべてから生命力が溢れている。娼婦との一夜、火渡り、終盤の天国の描写……かなりの熱量を感じる。
ラストは都合が良すぎて、“動物”の夢なんじゃないかと疑っちゃうけど、ああじゃないと現実に対してあまりにも救いがなさすぎるか。


ハヤカワの3月の新刊は、情報操作(『リトル・ブラザー』*1)、節電と被爆(『闇の船』*2)、工場事故による土壌汚染(『アニマルズ・ピープル』)と、2011年3月に読みたい内容ではなかったなぁ。予言?