怪樹の腕

戦前の日本では、現在ほどではないにせよ相当な早さで海外の小説が翻訳紹介されていた。完全訳は少なく、豊かな翻案的作品が大衆小説誌の誌上を飾っていた。本書は、そのような戦前に紹介された作品のなかから、アメリカの著名な怪奇小説専門誌〈ウイアード・テールズ〉に発表されたホラー短編の秀作怪作を選り抜き、当時の文章のまま現代によみがえらせたものである。各編ごとに詳細な解説を付し、巻末には日本への〈ウイアード・テールズ〉掲載作の移入状況を俯瞰する論考を収めた。


 収録作品
・「深夜の自動車」……アーチー・ビンズ
・「第三の拇指紋」……モーティマー・リヴィタン
・「寄生手─バーンストラム博士の日記─」……R・アンソニー
・「蝙蝠鐘楼」……オーガスト・ダーレス
・「漂流者の手記」……フランク・ベルナップ・ロング
・「白手の黒奴」……エリ・コルター
・「離魂術」……ポール・S・パワーズ
・「納骨堂に」……ヴィクター・ローワン
・「悪魔の床」……ジェラルド・ディーン
・「片手片足の無い骸骨」……H・トムソン・リッチ
・「死霊」……ラウル・ルノアール
・「河岸の怪人」……ヘンリー・W・ホワイトヒル
・「足枷の花嫁」……スチュワート・ヴァン・ダー・ヴィア
・「蟹人」……ロメオ・プール
・「死人の唇」……W・J・スタンパー
・「博士を拾ふ」……シーウェル・ピースリー・ライト
・「アフリカの恐怖」……W・チズウェル・コリンズ
・「洞窟の妖魔」……パウル・S・パワーズ
・「怪樹の腕」……R・G・マクレディ
・「執念」……H・トンプソン・リッチ
・「黒いカーテン」……C・フランクリン・ミラー
・「成層圏の秘密」……ラルフ・ミルン・ファーリー

戦前に邦訳された、アメリカの怪奇小説専門誌『ウイアード・テールズ』掲載短篇のみのアンソロジー
それらを当時の訳文のまま収録し、詳細な解説を載せるといった、このジャンルではあまり類を見ない作り。


当時は抄訳や翻案が多く、単に舞台が日本に置き換えられたものから、ラストの改変をした作品まである。それが色んな意味で良い味になっている。
日本に置き換えたことによっておどろおどろしさが増しているものもあれば、訳文のせいなのか、海外が舞台のままなのに、妙に和の匂いがしたり(笑)なんだか、柳柊二*1とか石原豪人*2の絵が浮かぶ。
解説も非常に読み応えがあり、ジャンル読者はこれだけでも読んで損はない。
ちなみに、「腐女子」という単語は明治35年の時点で使われているとか。意味は違うそうだけど。


お気に入りは、
・「寄生手─バーンストラム博士の日記─」
博士のもとにやってきた患者は、脇腹にもう一本の右手が生えていた。
それが大きくなっているということなので切除する。
しかし、患者はだんだん衰弱していき……
おお!『バスケットケース』*3


・「漂流者の手記」
漂流する船。
そこに、食料を満載したボートの載った男が流れ着く。
しかし、彼を助けた途端、船員に異常が……
今見ても、このクリーチャーは結構斬新。


・「白手の黒奴」
手だけが白く生まれた黒人の男。
彼は、全身に白人の肉を移植して、白人になろうとしていた!

・「片手片足の無い骸骨」
侵されると、片手片足が抜け落ちてしまう毒をもった蜘蛛。
男はそれを使って、妻とその不倫相手に復讐しようとしていた!
題名だけで、たまらない上に、この珍妙な毒がもお!


・「河岸の怪人」
博士の変死と、異貌の人夫の関係は?


・「足枷の花嫁」
新婚旅行先で、呪われた伝説のある足枷はつけて一晩過ごしたいという新妻。
しかし、彼女は幽霊に襲われて……
これは、訳者がラストを加筆したものらしいけど、これはこれで結構好き。
ただ、主人公を日本人にしているから、ビジュアルショックは大幅減。


・「蟹人」
事故で片腕を亡くした男。
彼は病院で、何かを移植され……
題名だけで(以下略)


・「怪樹の腕」
博士が育てる、怪奇植物。
それはヤギさえも襲うほど巨大になっていた!
触手の生えた植物ってだけで(以下略)


・「執念」
結婚式間近に、恋敵に襲われた新郎。
反撃し、追い出す。
当日になり、何者からか不気味な小箱が送られてくる。
その中身は?


・「黒いカーテン」
コンゴの奥地で出会った、紳士的な男。
彼はアメリカに住んでいたのだが、自分を裏切った男を殺したことにより、その息子たちに仇として狙われ、逃げてきたという。
彼らは、近くまでやってきているらしく……


キチガイキチガイ博士が出て来る話が多くて、大満足(笑)