DRUHE MESTO

もうひとつの街

もうひとつの街

『時間はだれも待ってくれない』*1で一部だけ訳載されるという荒業で、その魅力を見せつけてくれた作品が、とうとう全訳!

雪降りしきるプラハ古書店で、菫色の装丁がほどこされた本を手にとった〈私〉。この世のものではない文字で綴られたその古書に誘われ、〈もうひとつの街〉に足を踏み入れる。硝子の像の地下儀式、魚の祭典、ジャングルと化した図書館、そして突如現れる、悪魔のような動物たち――。幻想的で奇異な光景を目のあたりにし、私は、だんだんとその街に魅了されていく……。

物語らしい物語はなく、主人公は名前もプロフィールも示されない〈私〉で、まるで「もうひとつの街」の街歩きガイドブックのよう。実際、もう少し早く訳されていたら、プラハ旅行の際に向こうへの入口を探したなぁ(笑)


もう一つの世界は、よくあるファンタジックなものではなく、こちらの世界の法則をことごとく無視した、まるでシュールリアリズムの絵画のような情景。
中が水槽になっている巨大なガラス像、カレル橋の聖人像の中に棲む小さな鹿、1秒ずつ経過した風景画が何全枚も飾られた廊下、波が打ち寄せる部屋……
それがなんとも不思議に、プラハの街に重なる。
普段見えていないところに気づいた時に通路が開ける「もうひとつの街」は、深海のような気配をたたえているんだけど、海のないチェコの裏側にそれがあるというのも、この見えていない世界にダイナミックに現出している。


主人公も、情景も、ストーリーも文字であり(当然)、しかし、文字表現そのものが実体化した異形の世界風景を〈私〉はリアルなのか、比喩なのか見分けがつかず、それに翻弄される。
ページが進むうちに、こちらとあちらの街の描写の比率がどんどん変わっていき、主人公の囚われ具合を数値化(ページ数)しているように見える。
一つ上のレイヤーにいるはずの我らもまた、世界の侵蝕の見分けがつかなくなっていく。


こちら側であるはずの、美しいクレメンティヌム図書館の奥には、まさに文字通り密林と化した、奇怪な書棚が広がっている。
これは、本こそが、こちらとあちらを繋ぐ道、という作者の考えが実体化し、主人公と読者を飲み込もうとしているかのよう。