ORYX AND CRAKE

オリクスとクレイク

オリクスとクレイク

『オリクスとクレイク』マーガレット・アトウッド早川書房

人類がいなくなった海辺で、スノーマンは夢うつつを漂っている。思い出すのは、文明があったころの社会。スノーマンがまだジミーという名前だった少年時代。高校でめぐりあった親友クレイクとかわした会話。最愛の人オリクスとのひととき――。誰がこんな世界を望んでいたのだろうか。そして、自分はなにをしてしまったのだろうか。カナダを代表する作家マーガレット・アトウッドが透徹した視点で描き出す、ありうるかもしれない未来の物語。

なんか覚えのある味。ル=グィンか、ティプトリーJrあたりかなぁ? 「エイン博士の最後の飛行」を思い出したと書いたらネタバレ?
アトウッドは、『昏き目の暗殺者』*1でちょっと面倒な印象があったんだけど、今作はひじょうに分かりやすい破滅SF。
とは言っても、けっして単純ではなく、物語はいくつものレイヤーに分けることができる。それらを一枚づつ剥がしながら、または重ねながら読み解くことができる。
語り手のスノーマン(=ジミー)の少年時代から世界崩壊までと、崩壊後の生活の2パートが基本。そこに親友クレイクとの思い出、最愛の人オリクスとの逢瀬が、さらに破滅への過程が重ねられていく。
また、スノーマンを信用できない語り手と設定するならば、世界を破滅させた張本人による、第三者的な独白かもしれない。オリクスの生い立ちも、ジミーの想像の投影にしか見えないし。
さらに言うなら、物語全てが、作中に出てくる絶滅ゲームのシミュレーションなのかもしれない。


個人的には、クレイクが引き起こした破滅をスノーマンが回想する、と普通に読んでみた。
作中での印象は薄いし、クレイク自身も宗教を否定しているけど、物語はまるで聖書の再構築のよう。
スノーマンは、ヨハネにしてユダで、呪われた存在であると同時に導き手でもある。それ故に、彼は二度とどこに属することも出来ない。
ジミーたちが暮らしていた社会は我々から見て十分にディストピアだけど、彼らはさらなる狂気を求め、傲慢にも神の代理人としてクレイクが洪水を引き起こす。
しかし、その引き金はオリクスとの三角関係と極めて人間的であり、彼がジミーに残したのは、信頼と愛と呪い。それにがんじがらめにされた彼は、世界の終わりと再生を見ていくことになるが、クレイクの思い通りにはならないことに複雑な感情を持つことになるかもしれない。
また、死語のコレクションをしていたジミーは、彼の言葉自体が死語と化し、理解もされなくなっていくさまはひじょうにもの悲しい。


読む者のいない伝道の書で、一方の視点からのみの断片であり、様々な表層の深読みごっこがなかなか楽しかった。新味は薄いけど、破滅SFとしても面白い。遺伝子改造された鶏むね肉がさほど現実離れしていないように思える自分が恐ろしい。
〈マッドアダム〉三部作の1作目で、2作目もぜひ翻訳期待!