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そんな日の雨傘に (エクス・リブリス)

そんな日の雨傘に (エクス・リブリス)

『そんな日の雨傘に』ヴィルヘルム・ゲナツィーノ〈白水社EX LIBRIS〉

「自分が許可してもいないのにこの世にいる」という気分から逃れることができない中年男の主人公は、何をするでもなく、「人生の面妖さ」に思いをめぐらし、平凡で、日常的で、様々な路上の出来事に目を留める。地下道のホームレスの男たち、足元に置かれた他人のトランク、サーカスの娘と馬のペニス……。そのたびにとりとめのない想念が脳裏をよぎり、子ども時代の光景がなんとなしに思い出され、なにげない言葉が心に引っかかる。遊歩の途中でつぎつぎと出会うのは、過去になんらかの関係を待った中年の女たち……彼女らの思い出がふつふつと浮かんでくる。主人公がなにかから気をそらすように歩き回るのは、同棲していた女が愛想を尽かして出て行ってしまったからだ。しかも靴を試し履きする仕事の報酬が減り、生活もままならなくなってきている。そうした挫折と失意が、居場所のない思いをいっそう深めてゆく……。

アンニュイな『散歩もの』*1
男が何をするわけでもなく、妄想しながら街をぶらつくと言うと、『フィリップス氏の普通の一日』*2が思い浮かぶんだけど、あれ以上に生活感が希薄で、妄想も後ろ向き。ホント、男は馬鹿だなぁ、という妄想の数々。水中眼鏡か!
やたらと以前関係を持った女と出会うんだけど、実は全部妄想で、床屋の女主人と店の中でやってるのも願望に過ぎないとか、と読んでしまったり。地に足をつけた、というような表現が何度か出てくるんだけど、彼の行動と妄想が、現実に対して上滑りしているんだよね。それ故に、無為な日々を送る彼が、明日は別の日が始まるかも、と思わせるような、ある種ファンタジックなラストは印象的。


表紙が素晴らしいね。