THE KNIFE MAN

解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯

解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯

『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』ウェンディ・ムーア〈河出書房新社
18世紀イギリスの、天才外科医にして博物学者、ジョン・ハンター。
当時の医学は、古代ギリシアから変わらない古典を唱え、治療は瀉血か下剤か嘔吐剤。外科医の地位は極めて低く、一方、内科医は病人に触ろうともしない。そんな中、スコットランドの農家出身ながら、天性の器用さと好奇心で外科を、ひいては医学を変え、博物学者としてはダーウィンの70年前に「進化」に気づいていた男。
こう書くと、真面目な医学誌読み物っぽいけど、さにあらず。ドリトル先生やジキルとハイド(の家)のモデルになり、クジラの解剖記録は『白鯨』に影響を与えたと言われる人物の伝記。いや、むしろ伝奇。もう、リアル『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』*1ですよ。出てくるのは、クック船長、小ピット、バイロン卿、ベンジミン・フランクリン……


貧乏人からは金を取らず、金持ちからふんだくる。当時にあって、かつらを嫌い、言葉遣いもスコットランド訛りで粗野。文字を書くのが苦手で、文学は嫌いだが、妻は女流詩人。権威を恐れず、常に真実と革新を求める一匹狼。しかし、医学教育に情熱を傾け、多くの教え子に慕われる一方、解剖授業用の死体調達のため裏社会にも顔が利き、標本コレクションのため常に借金まみれ。他の医者に疎まれながら、王室特別医に。
キャラだけでも十二分に立ってるんだけど、それ以上に面白エピソード満載。
変わった標本を手入れるためなら合法非合法を問わず、見せ物でやって来た巨人の骨格標本を手に入れるために暗躍したり、鶏のとさかに歯を移植してみたり、生きたまま手に入れたデンキウナギを我慢できずにすぐに解剖しちゃったり、絞首刑になった司祭の蘇生実験したり……
それだけだとホントに奇人だけど、それと同時に、「実験医学の父」「近代外科学の開祖」とも呼ばれている。彼はまず動物で実験し、次いで人に執刀してからも経過観察を怠らず、亡くなってしまった場合は検死をして改善していくという遣り方をとっていた。彼の名前は今もハンター管症候群として残り、人工授精や除細動器の記録を史上初めて残している。また、親友であり、一番弟子だったのがジェンナー。


また、まさに近代外科学の萌芽であるため、外科医の本質を克明に描いていると思う。つまり、全身全霊、心の底から患者を救いたいと思っている一方、俺様の超スゲー術式のモルモットちゃんという考え(笑)
でも、なるべく外科的治療は避け、自然治癒に任せるべきという思想の持ち主。


常に二つの世界を行き来した、天才の人生。


新刊で買わなくてゴメンナサイ。
オススメ。
ハンテリアン博物館行きたい〜