『アジアの岸辺』

アジアの岸辺 (未来の文学)

アジアの岸辺 (未来の文学)

『アジアの岸辺』トーマス・M・ディッシュ〈国書刊行会 未来の文学〉読了


最近の翻訳事情ではあまり名前を聞かれなくなってしまったディッシュの短篇集。
意外にも日本初の短篇集。


 収録作品
『降りる』Descending
『争いのホネ』Bone of Contention
『リスの檻』The Squirrel Cage
『リンダとダニエルとスパイク』Linda and Daniel and Spike
カサブランカ』Casablanca
『アジアの岸辺』The Asian Shore
国旗掲揚』Displaying the Flag
『死神と独身女』Death and the Single Girl
『黒猫』The Black Cat
『犯ルの惑星』Planet of Rapes
『話にならない男』The Man Who Had No Idea
『本を読んだ男』The Man Who Read a Book
『第一回パフォーマンス芸術祭、於スローターロック戦場跡』The First Annual Performance Art Festival at Slaughter Rock Battlefield


実はディッシュって、『プリズナー』と『ちびのトースター』しか読んだことないんだよねぇ。
かたやノベライズ(みたいなの)、かたやジュヴナイル、と言うコメントに困る読み方。


そんなわけで、まともなことは書けません。
この短編集を読んだ限りの感想としては、
事態が何が起きているのかよくわからないけど、じわじわと不安になってくる。
その事態そのものは一見シュールに見えるが、
何をしたわけでもない、無作為に選ばれたかのような当事者たちは混乱の極み。
三者たる我々が観察している、という感じかな。


さて、気に入ったのは、
・『降りる』
 いつものようにデパートで買い物をして、お茶を飲んで帰る男。
 しかし、エスカレーターがいつまで経っても1階に着かない。
 一体、どこまで降りるのか……
 『トワイライトゾーン』にありそうなお話。


・『リスの檻』
 何もない部屋に男が一人。
 そこにはタイプライターが一台あるだけ。
 食事はしたいときに出てきて、毎日新聞が置かれている。 
 自殺しようにも壁は柔らかい。
 一体、自分はいつから、なぜここにいるのだろうか?
 以前にも読んだんだけど、なんかよく意味が分からない。
 好きなんだけど。


・『アジアの岸辺』
 建築の評論家。
 自説を確かめるために、トルコのイスタンブールに滞在する。
 しかし、そこで、何故か自分を追う女と少年に遭遇する。
 さらに記憶や思考もあいまいになって……
 グレアム・ジョイスの『鎮魂歌』にちょっと似てるかも。
 あの、イスタンブールの密集した熱気に浸食していく様が何とも。
 個人的には、トルコに行ったときのことがフラッシュバックして、かなり楽しめた。


・『死神と独身女』
 人生に飽きて、死を決意した女。
 そこで死神に電話すると、さえないサラリーマン風の死神がやってくる。
 自分を口でイカせられたら無事死を与えようと言われるが……
 まぁ、どうでもいいような話なんだけど、結構好き。


・『犯ルの惑星』
 遠い未来。
 地球には女しか住んでおらず、男は全て宇宙軍に入っていた。
 一定の年齢になると、女は〈快楽島〉と呼ばれる場所に行き、
 休暇中の男に強姦され、妊娠する社会構造になっていた。
 本来、記憶消去薬を飲まなければならないはずなのだが、
 コリーはそれを飲まず、この社会の真実を知ることになる。
 フェミニストが怒りそうな内容。
 個人的にはかなり笑っちゃったけど。
 マニュアル君で、マニュアル通りじゃないと勃たない男。 
 人形でなく、生身だと萎えちゃうとか、
 以前、古本屋で生身よりエロ漫画の方がいいと言っていた少年たちを思い出します(笑)


・『話にならない男』
 試験に合格しないと自由に喋ることができない社会。
 主人公は、試験を受けたがコンピュータのミスで結果が消えてしまい、
 仮免許を交付される。
 3か月間は自由だが、その間に免許を取った人間から、
 推薦状を3枚もらわないと、正規の免許にはならない。
 人の話に反応することはできるのだが、
 自分からネタを作ることができず、なかなか推薦状が集まらない……
 これも特に理由がないんだけど、なんか好き。
 ラストの雰囲気がいいかな。