ANNO DRACILA
- 作者: キム・ニューマン,鍛治靖子
- 出版社/メーカー: 書苑新社
- 発売日: 2018/05/11
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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烈先生じゃなくても、こう叫んじゃうよ。
なんで、こんな傑作が今まで絶版だったの?
興奮してしまいました。
知らない方(ジャンルフィクション好きで知らない人なんているの!?)のために書くと、虚実混交改変歴史小説!
逆にヘルシング教授を滅ぼし、ヴィクトリア女王と結婚して大英帝国を支配するドラキュラ。
吸血鬼と人間が共存して三年がたったある日、吸血鬼の娼婦ばかりを狙う連続殺人鬼〈銀ナイフ〉が現れる。
〈ディオゲネス・クラブ〉の諜報員、ボウルガードは500歳の美少女ヴァンパイア、ジュヌヴィエーヴとともに切り裂き魔を追うを追うが……
もしも◯◯が、というIFものは1ジャンルを形成しているけど、『ドラキュラ』*1というフィクションのIFに侵食された、改変イギリスを舞台に、実在の人物と既存の作品から借用したキャラクターとオリジナルキャラクターが入り乱れる、〈ひとりスーパー大戦〉的作品。
『屍者の帝国』*2のインスパイア源で、他に例えるなら『警視庁草紙』*3がちょっと近いかなぁ。いや、山風が素材をさり気なく使った上品なだし汁なら、キム・ニューマンのそれは、強すぎる食材をごった煮した挙げ句、何か違う味のものが出来た感じw
そんな強烈な味を知ったのは、20数年前。
今は亡き「SMH」の書評コーナーで紹介されてたんだったかな?
それに惹かれて読んだんだけど、これが大ハマリ!
オタク心をひどく震わせる濃密な空間に興奮したのを覚えている。
ブロック一つ一つにオタクネタが書かれたLEGOでホワイトチャペルを組み上げたかのよう。材料は既存でも、そこに現れた作品世界は唯一無二のオリジナリティ。
ジュヌヴィエーヴって聞き覚えあるな……と『ドラッケンフェルズ』*4をひっくり返したのも懐かしい……
比較的続けて3巻まで訳されたのは幸せだったけど、幸せが大きければ大きいほど、その後の失意も深い……
3巻以降も書かれているらしいという噂や、〈ドラキュラ紀元〉シリーズ以外にもマッシュアップ作品を書いている、と耳には入ってくるけど、翻訳される気配はない(たまに短編が訳される)
〈ドラッケンフェルズ〉シリーズ*5がHJ文庫から出たときには、もしや!?と色めきだち、『シャーロック・ホームズ・イレギュラーズ』*6の断片情報で乾きを癒したときもあったなぁ……
赤き渇きを満たすため、似たような作品を求め続けたんだけど、なかなか満足できるものに出会えない。
この20年で出会えた傑作は、『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』*7と『ジャバウォッキー』*8
特に『リーグ・オブ〜』は「『ドラキュラ紀元』を漫画化したらこんな感じ!」と思ったことを覚えてる。
そして、ついに! 冒頭の叫びにつながる!
ぶ、分厚い……
心配だったのは、この20年で、初読時の印象が醸成されて、神聖化されてるんじゃなかろうか……ということ(たまにペラペラめくってはいたけど)
いや、やっぱ面白いよ!
すべてのキャラクターに出典があると言って過言ではなく、数行読むごとに巻末の人名事典をめくり、数行読むごとに……の動作が愛おしい。
翻訳者様には足を向けて寝られませんよ。
改めて、『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』と感触が似てる。同じくアラン・ムーアの『フロム・ヘル』*9とは違うアプローチだけど、その執拗さが非常に近い。
その衒学趣味は当然ツボなんだけど、再読すると、キャラクター化された連続殺人鬼によって人種問題が湧き上がり、それによってできたばかりの帝国が崩壊することだけは食い止めたいルスヴン。逆にそれを煽ってかつての英国を取り戻そうとするディオゲネス・クラブ。狂気に陥ったセワードの悲劇。ジュヌヴィエーヴとボウルガードのロマンス、マッケンジーとコスタキのブロマンス……と、オタクネタ同様にいくつもの思惑が同時に進行し、ラストの狂った宮廷になだれ込んでいく展開はなかなかしびれる。
ルスヴンの演説って、少佐の原型?
分厚いのには理由があって、本編以外に、原形中編より抜粋されたもうひとつの結末、 映画シナリオ抜粋、切り裂きジャック論考、短編、著者による注、改訂版登場人物事典とてんこもり。
創元版持ってる人もぜひ!
ところで、最初の方に出てくる、ヴァンパイアの心臓を欲しがってるアメリカ人って、いかにも元ネタありそうだけど、著者による注にも、登場人物事典にも載ってないんだよなぁ。
ハーバート・ウェスト? でも、彼は『戦記』に出てくるから、年齢が合わなそう。
フー・マンチューの代理人のチャイナさんも元ネタないのかしら?
は、早く、『ドラキュラ戦記』を…