The Water Knife

『神の水』パオロ・バチガルピ〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ5023〉

近未来アメリカ、地球温暖化による慢性的な水不足が続くなか、巨大な環境完全都市に閉じこもる一部の富裕層が、命に直結する水供給をコントロールし、人々の生活をも支配していた。米西部では最後のライフラインとなったコロラド川の水利権をめぐって、ネバダアリゾナ、カリフォルニアといった諸州の対立が激化、一触即発の状態にあった。敏腕水工作員(ウォーターナイフ)のアンヘルは、ラスベガスの有力者であるケースの命を受け、水利権をめぐる闇へと足を踏み入れていく……。『ねじまき少女』で化石燃料の枯渇した世界を描いた作者が、水資源の未来を迫真の筆致で描く傑作。

『ねじまき少女』*1も苦い味わいだったけど、まだSF成分は多かった。
しかし、本作は、まさに『マックス・ヘッドルーム』のエピグラム(?)「20分後の未来」を地で行くような、手を伸ばせば届いてしまうような未来。


内容は全然違うんだけど、乾いた荒野、相対的に軽くなった人の命、というファクターのせいか、『悪の法則』*2や『2666』*3を連想した。
ざらついて、身の危険を感じる世界。


バチガルピの作品に共通して言えるのは、モラルの変容。
現在から見れば、不気味だったり、残酷、倫理に反しているように見えても、彼の描く世界に投げ込まれたのなら、それらの行動を選択、少なくとも全否定はできなくなってしまうと思う。その最右翼が「小さき供物」。


そして今作。
水不足になり、内戦まで一触即発となったアメリカが舞台。
率先して人を殺せ、とは言わないけど、水がなければ死んでしまうし、ただでさえ資源が少ない中どんどんやってくる難民を邪険に扱ってしまうのは、当然の反応。
水を確保するため、非合法な手段も辞さない工作員を、その州に住んでいたのならば、本心から批判できるだろうか?
万人を救う余裕はすでになく、利他行為は在りし日のファンタジーに過ぎない。さんざん苦しい目にあってきた主人公(の一人)の最後の行動は誰にも責められない。
せめて、彼女が幸せになることを祈るしかないし、こんな未来にはならないようにするのが我々の努め。


物語的には、ある種のマクガフィンもの。
この小説の読者で、その正体が嫌いな人はあまりいないんじゃないかなぁw キャラクターたちがその在処をなかなか想像できないのも納得できる。
アメリカの川を利用する水利権をめぐる物語で、あとがきの簡単な解説は読んでおいたほうがいいと思う。


主人公の敏腕水工作員は、ハードボイルドなタフガイ。実現しそうな非情な未来に対して、キャラクターは意外にハリウッド的。これで主人公たちも等身大だったらきついか。
思わせぶりで、印象的な悪役の〈獣医〉はもっと出てきて欲しかったなぁ。
水の女王、ケースも声だけで、ほとんど姿を見せないし。
SFマガジン』2015年12月号*4に、カメラマンのティモのスピンオフ短編が掲載されてるんだけど、こういう感じでそれぞれのキャラの掘り下げが読んでみたい。