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黄金時代

黄金時代

『黄金時代』ミハル・アイヴァス〈河出書房新社

未知の海に浮かぶ島を訪れた〈私〉。垂直に流れ落ちる滝のなかに造られた「上の町」と「下の町」、変容する名を持つ島民たち。家々は水の壁で仕切られ、時間は匂い時計によって知らされる。戸惑いながも島の女と愛を交わし、滞在を続ける〈私〉はある日一冊の書物の存在を知らされる。幾多の物語が収められたその〈本〉は、島民の誰もが加筆や修正できる無限の書物だった……。

『もうひとつの街』*1のミハル・アイヴァス邦訳二冊目。
2010年に、英訳版が、AmazonでSF・ファンタジー部門1位に輝いた作品。


前半は、主人公「私」が数年間訪れていた島の話。
滝の中に建てられた垂直のベネチアのような街、水の壁で仕切られた部屋、匂いで知らせる時計、味が変わっていく料理、誰ともしれぬ元首、言葉さえも常に変形していく……
あるゆるものの境目があやふやで、硬直を嫌い、変容を旨としながら、その生活の変化は拒絶する島に、最初は戸惑い、憤りを感じながらも、魅せられていく「私」。
彼が暮らす、ヨーロッパの石の町とは正反対の世界。
場所は地中海やカリブのような暖かそうな地域のイメージなんだけど、不定と水を是とする文化はアジアを想起させる。


面白いけど、これだけなら、よくあるふしぎ世界漫遊記。


文化や芸術に類するものがない(硬直的だから)と思われていた島に、唯一、芸術と言えるようなものがあった。それが〈本〉。


後半は、〈本〉について紙幅が費やされるんだけど、これがめっぽう面白い。
「無限の書物」というネタは本好きなら飛びつきがちけど、『サラマンダー 無限の書』*2という残念な過去もあり、身構えちゃう。
しかし、この島の〈本〉は、読者が加筆・修正を自由に行える本。もともと余白に書かれていた(らしい)のが、今では書ききれなくなり、紙のポケットを作ってそこに新しい紙片を挿入していく。
そのガジェットがもう楽しいんだけど、その内容も、例えば、王が彫像を依頼する、という話に対して、彫刻家についての加筆が挿入され、その彫像の材質についてが加えられ、それを探すための挿話が加筆され……と無限の入れ子状態に引きこまれていく。


変容が常態で、境界のない島の生活を反映しているかのような構造の〈本〉。現実的には不可能だろうけど、アイヴァスの巧みな筆致により、それを追体験できる。
しかも、入れ子の作中劇が残らず面白く、ページが減っていくことが、風呂敷が畳めるかの心配ではなく、もっともっと広げて欲しいのに! という渇望が勝る。


オススメ。