Fugue State

遁走状態 (新潮クレスト・ブックス)

遁走状態 (新潮クレスト・ブックス)

前妻と前々妻に追われる元夫。見えない箱に眠りを奪われる女。勝手に喋る舌を止められない老教授。ニセの救世主。「私」は気づけばもう「私」でなく、日常は彼方に遁走する――。奇想天外なのにどこまでも醒め、滑稽でいながら切実な恐怖に満ちた、19の物語。幻想と覚醒が織りなす、驚異の短篇集。


・「年下」
・「追われて」
・「マダー・タング」
・「供述書」
・「脱線を伴った欲望」
・「怖れ」絵/ザック・サリー
・「テントのなかの姉妹」
・「さまよう」
・「温室で」
・「九十に九十」
・「見えない箱」
・「第三の要素」
・「チロルのバウアー」
・「助けになる」
・「父のいない暮らし」
・「アルフォンス・カイラーズ」
・「遁走状態」
・「都市のトラウブ」
・「裁定者」

エヴンソン? 誰? と聞き覚えなくとも、『居心地の悪い部屋』*1の先鋒を飾る、部屋でまぶたを縫い合わされた男の話を覚えてる人は少なくないのでは。その作者の邦訳初短篇集。


コミカルやスラップスティックと評される作品は、他人事ならまさに他愛もない状況に、当事者本人が右往左往するさまが笑える、という構造のフィクション。エヴンソンの作品も同じように滑稽とも思えるようなシチュエーションに陥るんだけど、キャラクターたちがそうせざる得ない状況に追い込まれて恐慌をきたすさまが、突飛なのに、自分だったらどうしようと思わせる生々しさがあるんだよね。また、書かない(語らない)部分に、正視に耐えない恐怖が隠されているのが透けて見える。


お気に入りは、
・「年下」
少女時代のことを話す姉妹だが、二人の思い出の捉え方は微妙に違う。
父が出かける際に、「誰が来ても玄関は開けるな」と言われる。
そろそろ学校に行こうという時、ドアベルが鳴り……
早朝に一人だけ目が醒めちゃって、玄関で物音がしたあの時の恐怖がフラッシュバック!


・「追われて」
前妻と前々妻に追われる男。
では、一番目の妻は?


・「マダー・タング」
突然、舌が勝手に動き、思ってるのと違うことを言い始めてしまった男。
仕事も辞め、娘ともギクシャクしてしまう。


・「供述書」
荒廃した世界。
食料を求めて旅に出た男は、途中で飢えた一団と出会う。
彼らは男のことを救世主だと勘違いし、彼についいくが……


・「テントのなかの姉妹」
両親が離婚し、母と暮らす姉妹。
毛布でテントを作り、面会に来る父を待っていたのだが……


・「九十に九十」
真面目な文学がやりたいが、中身の無い大ヒット作を作れと命じられる編集者。
でっち上げたミステリシリーズが売れるも、彼は会社を辞めたい。
その社長は「九十に九十」というペナルティを課すことで有名で、彼にもそれをやったらやめていいというが……


・「見えない箱」
パントマイマーと行きずりのセックスをした女性。
その翌日から、彼が置いていった見えない箱が気になってしまい……


・「第三の要素」
ある人物を監視する任務を帯びた男。
しかし、第二の任務の写真にある男はそこには住んでおらず、彼は上司に連絡しようとするが……


・「助けになる」
事故で失明した男。
妻は献身的に「何か要る?」と聞いてくれるが、彼にはそれがうざったい。
何ヶ月たっても言い続けるので、彼が方を付けようととった方法は?


・「父のいない暮らし」
離婚した父と暮らす少女。
父は、ビニールの袋を窒息するまで被る癖があり、毎度彼女が助けていた。
しかし、それが遅れて彼は死んでしまい……


・「遁走状態」
外界との反応が遅れ、ズレはどんどんひどくなり、記憶も抜け、最後には出血して死んでしまう伝染病が蔓延する。
奇跡的に回復した男は、隔離されたアパートから外に出てみるが……