怪奇小説日和

怪奇小説の神髄は短篇にある。北の海の怪異を措くヨナス・リー「岩のひきだし」、アイルランドの民間伝承に取材したレ・ファニュ「妖精にさらわれた子供」、女二人の徒歩旅行が慶所へと迷い込むエイクマン「列車」、W・W・ジュイコブズの神韻縹渺たる「失われた船」など全18篇。古典的な怪談から新感覚の恐怖譚まで、本物の恐怖と幻想を呈示する本格的怪奇小説アンソロジー。巻末に怪奇小説論考を収録。


・「墓を愛した少年」……フィッツ=ジェイムズ・オブライエン
・「岩のひきだし」……ヨナス・リー
・「フローレンス・フラナリー」……マージョリー・ボウエン
・「陽気なる魂」……エリザベス・ボウエン
・「マーマレードの酒」……ジョーン・エイケン
・「茶色い手」……アーサー・コナン・ドイル
・「七短剣の聖女」……ヴァーノン・リー
・「がらんどうの男」……トマス・バーク
・「妖精にさらわれた子供」……J・S・レ・ファニュ
・「ボルドー行の乗合馬車」……ハリファックス
・「遭難」……アン・ブリッジ
・「花嫁」……M・P・シール
・「喉切り農場」……J・D・ペリズフォード
・「真ん中のひきだし」……H・R・ウェイクフィールド
・「列車」……ロバート・エイクマン
・「旅行時計」……W・F・ハーヴィー
・「ターンヘルム」……ヒュー・ウォルポール
・「失われた船」……W・W・ジュイコブズ

以前国書刊行会から出ていた『怪奇小説の世紀』*1を再編集、増補した文庫。
怪奇小説の世紀』その他類似アンソロジーはそれでしか読めない作品がどれだけ収録されているのかよくわからず、そこそこの値段がついてる古本に手を出せなんだよね。
だから、こうして手に取りやすい文庫で出してくれると大変助かる。
しかも、入手困難な作品を入れてくれているみたいだし。


ホラーではなく、怪奇・怪談。
その違いはなんなのかと問われても答えられないんだけど、
とにかく違うんだよね。
ここに収められた作品は、現代的なホラーに通ずる恐怖から、何やら得体のしれない不気味さまでが揃っている。


お気に入りは、
・「岩のひきだし」……ヨナス・リー
美しく働き者の青年。
彼は海辺の岸壁に引き出しを見つける。
その中には様々な品物が収められていて……
これはラストシーンが怖いなぁ。クトゥルフものとして読めなくもない?


・「陽気なる魂」……エリザベス・ボウエン
資産家兄妹に家でクリスマスを過ごすことになった女工
しかし、そこには彼らの叔母さんしかおらず、何か様子がおかしい。
なんだかよくわからないんだけど、妙に残る。
不条理ものなのか、幽霊なのか、そもそも語り手(主人公)は信用できるのか?


・「マーマレードの酒」……ジョーン・エイケン
森を散歩中、コテージを見つけた男。
そこには外科医が隠居していた。
男は自分が予知能力を持っていると語り始めるが……
これは完全にキング風じゃね?


・「妖精にさらわれた子供」……J・S・レ・ファニュ
丘で遊んでいた姉弟
しかし、その幼い弟は立派な馬車に乗った婦人に連れて行かれてしまい……
異常でないものが、異常な状況で現れるラストは、なかなか怖い。


・「ボルドー行の乗合馬車」……ハリファックス
三人の紳士に、「あそこの女性にボルドー行の乗合馬車は何時か?」と聞いてくれと頼まれた男。
その通りにすると、何故か逮捕されてしまい……
本書ではこれが一番好き。
不条理コントでもあり、「牛の首」のようでもある。


・「喉切り農場」……J・D・ベリズフォード
貧しい農場に働きに来た青年。
そこにいた痩せた家畜はどんどん姿を消し、同じ肉が食卓に並ぶ。
それらは売ったというのだが……


・「旅行時計」……W・F・ハーヴィー
旅行用時計を忘れてきてしまったという女性の頼みを聞き、彼女の家に寄った主人公。
誰も居ないはずなのに、そこには気配が……
これもラストの何気ない動きが怖い。


・「ターンヘルム」……ヒュー・ウォルポール
伯父兄弟の家に引き取られた少年。
彼のもとに、不気味な犬が訪れ……
これは割と普通なんだけど、なんか読んじゃうなぁ。
ウォルポールは来年の宿題かな。


・「失われた船」……W・W・ジュイコブズ
戻ってこなかった船。
何十年も過ぎ、昔話になった頃、年老いた船乗りの一人が戻ってくる……