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ボラーニョの遺作にして、2段組で880ページ!という大作。

謎の作家アルチンボルディを研究する四人の文学教授、メキシコ北部の国境の街に暮らすチリ人哲学教授、ボクシングの試合を取材するアフリカ系アメリカ人記者、女性連続殺人事件を追う捜査官たち……彼らが行き着く先は? そしてアルチンボティの正体とは?

物語は5部構成。
謎の作家アルチンボルディを研究する四人の探索と恋愛を描いた「批評家たちの部」。批評家たちに協力したチリ人哲学教授「アマルフィターノの部」。急遽メキシコでボクシングの試合を取材することになったアフリカ系アメリカ人記者「フェイトの部」。メキシコでの女性連続殺人事件「犯罪の部」。そして、謎の作家の足跡を描いた「アルチンボルディの部」。


こう書くと、縦軸がありそうな印象なんだけど、それぞれはほぼ独立しているといって過言ではない。以前登場したキャラクターが顔を見せることがあっても、物語的に密接な関係性はない。
それぞれのつながりが明確でないから、正直、一つの物語として捉えづらい。また、『野生の探偵たち』*1のように、パズルのピースが散りばめられていて、徐々に全体像が見えてくる(ような気がする)ということもない。
しかし、岩から滲みでた水が小川となり、支流が束となっていつしか大河と化し、世界を一周するかのような……


各々が独立した物語としてみると、アルチンボルディの正体を人生の目的としながら、時にはそれを脇において、風変わりな三角関係を描いた「批評家たちの部」と、アルチンボルディその人の数奇な人生を記した「アルチンボルディの部」が面白い。
そして、まるで使い捨ての道具のように、被害者女性の名が羅列される「犯罪の部」が圧倒的。


でも、やはりバラバラの物語ではないんだよね。
個人的な印象は、人生の百科全書、という1冊。
乱暴な分け方をするなら、1〜3部は、文学研究家、哲学教授、記者、と他人の人生を語る人々の物語。
4部は、感情を交えず、客観的に記されていく無数の人生。
そして、5部は一人の人生の詳細。


研究者たちが理屈をこねて推測しているアルチンボルディの人間像だけど、もちろんその実像はまるで別物。入れ子構造のように語られる彼の人生は、外側から思い描くことしかできない批評家たちを小馬鹿にしているよう。
しかし、彼だけが特別なのではない。
身元さえわからない、無数の被害者女性たちだって、一人ひとりピックアップすれば、そこにはやはり個々の物語があるはず。それを、大量生産された安物のごとく捨てられ、あまりにも多すぎて無感情になってしまう恐ろしさ。しかも、彼女たちの多くが工場の労働者で、その家族も同じ工場で働いているという、どうにもできないもやもや感。
また、『スナッフ』の製作者やロバート・K・レスラーをモデルにしたキャラクター(他にもいるはず)も出てくることによって、メキシコの一地区だけでなく、全ての人々の人生がモデル化されて網羅されているような気がする。
そして、他人の人生を記す研究者たちにも各々の人生はあり、フィードバックされ、世界と人生は循環していく。