桐島、部活やめるってよ

『桐島、部活やめるってよ』鑑賞



同名小説*1の映画化。


「あ゛〜〜〜〜っ!」


さて。どこから話そうかな……


アメリカほどではないけど、無論日本にだってスクールカーストは存在するんだよね。30人も赤の他人を集めれば、おかしなことになるに決まってる。
題名になっている桐島たちはジョックスで、映画部連中はナードの扱い。
全く内容を知らないとポスターでカメラ構えてるのが桐島だと思っちゃうけど(俺だけ!?)、桐島はある種のマクガフィンで、それを巡って混乱していく高校生たちを描いた群像劇。
桐島、部活やめるってよ」という発端になる金曜日が、それぞれの視点で繰り返し語られ、作品空間内に漂う不安を高め、推進力を得ると同時に、キャラクターたちのプロフィールを強固なものにしていく。


……なんて構造的なことを語っても面白くない作品。
高校なんて20年も前の話だけど、なんも変わってないのね。
ヒエラルキー的にも、メンタリティ的にも映画部と同じ、いや帰宅部だったからそれ以下の存在だったんで、完全に彼ら目線ですよ。体育の授業とか、朝礼の壇上とか、叫びたくなる。
個人的には、前田ではなく、その親友の武文に激しくシンパシー。「俺だったら、あんな奴ら、映画に使わないね」の台詞は思い出しただけで目頭が熱くなる。
もうね、俺たちにとっては、恋愛や友情なんかよりもゾンビの方がリアリティがあるわけですよ。あの顧問の脳内のほうがよっぽどファンタジー
今現在の目線から見て桐島が部活を辞めようが、続けようが別にどうでもよくて、それは映画部の連中も同じ。全く異世界の出来事で、そんなどうでもいいことで大騒ぎしているバカ連中に、自分たちの領域を踏みにじられたからこその、エイリアンに対してゾンビによる、ラストのカタルシス


でも、桐島の事件を一生の出来事のように大騒ぎする連中だけど、それは実は、熱量のベクトルが違うだけで、映画部も同じなんだよね。
他人から見ればどんな馬鹿らしいことでも、一生懸命になれるものがあることは羨ましい、というのは普遍的で、それを宏樹が代弁することによって、乱れた空気を和やかにする。
高校時代がずっと続かないように、映画の終幕と同時に時間の繰り返しは終わり、もしかしたら、水曜日には何か変わるのかもしれない。


上手くまとめられないけど、非常に良かった。今年の5本には当確。


違うヒエラルキーにいたら、違う感想があると思うけど、ナード層にいたのなら、フラッシュバックして号泣か死にたくなるはず。
あんな所に戻りたくねぇなぁ。


野球部のキャプテンが、一番いい人だよね?