THE TIGER’S WIFE

タイガーズ・ワイフ (新潮クレスト・ブックス)

タイガーズ・ワイフ (新潮クレスト・ブックス)

紛争の繰り返される土地で苦闘する若き女医のもとに、祖父が亡くなったという知らせが届く。やはり医師だった祖父は、病を隠して家を離れ、辺境の小さを町で人生を終えたのだという。祖父は何を求めて旅をしていたのか? 答えを探す彼女の前に現れた二つの物語――自分は死なないと囁き、祖父に賭けを挑んだ《不死身の男》の話、そして爆撃された動物園から抜け出したトラと心を通わせ、《トラの嫁》と呼ばれたろうあの少女の話。事実とも幻想ともつかない二つの物語は、語られることのなかった祖父の人生を浮き彫りにしていく――。史上最年少でオレンジ賞を受賞した若きセルビア系女性作家による、驚異のデビュー長篇。

「物語」の物語。
常に戦火にさらされてきたバルカン半島の歴史。伝説や口承と化し、曖昧になった個人史を積み重ねることによって、過去から未来へと続く戦争の歴史を浮き彫りにして、普遍的なものにすることに成功している。


登場する数々の物語が、本当かどうかわからないし、事実関係を確認することも困難だし、何よりファンタジーを剥ぎとって合理的な説明をつけることも可能。もっと簡単に、山村に突然トラが現れるはずない、と言えばいい。
でも、それが語られ、信じられていくことのほうが重要。そもそも信じられないことを、わざわざ口に出して否定する必要性があるのか。そこに広がる物語のなんと豊かなことか。
『ビッグフィッシュ』*1(原作は未読……)に感触が似てるかなぁ。


突然、登場する事物の来歴が披露されるんだけど、それぞれが非常に魅力的。一気に引き込まれ、今までずっとそれらの物語を読み続けてきたと錯覚するほど。
しかし、読み進めていると、いつの間にか祖父の人生、ひいては半島の歴史を歩んでいたことに気づく。
メインになるのは、《不死身の男》と《トラの嫁》の物語なんだけど、個人的には村に一丁だけある、猟銃のエピソードが好き。
ラストの死神モラも、物語の締めとしても、「物語」の救いとしても、上手く配置されている。


ちなみに、表紙のダンディな虎男が出てくるお話ではありません(笑)