AMERIKAN EAGLE

鷲たちの盟約〈上〉 (新潮文庫)

鷲たちの盟約〈上〉 (新潮文庫)

鷲たちの盟約〈下〉 (新潮文庫)

鷲たちの盟約〈下〉 (新潮文庫)

覆面作家による第1作。

1943年、アメリカ合衆国。10年前に大統領就任日前のルーズヴェルトが暗殺され、未だに大恐慌の悪夢から脱せずにいるこの大国は、今やポピュリストに牛耳られた専制国家と化している。ポーツマス市警のサム・ミラー警部補はある晩、管内で発見された死体の検分に向かうが、その手首には6桁の数字の入れ墨があった――。現代史上の“if”を大胆に敷衍した緊迫感溢れる歴史改変巨編!
FBIと在米ドイツ領事館のゲシュタポの差し金で、身元不明の死体の捜査を阻まれたサム。危険な活動に携わってきた妻や、脱走した兄に悩まされながら、彼はなおも単身、真相を突き止めるべく賭けに出る。折しも合衆国はドイツとの平和通商条約締結に合意。両国首脳はほかならぬポーツマスで会談に臨む。警備に際してFBIとの連絡役を命じられたサムが思い知る戦慄の真実とは?

上からの理不尽な捜査中止の命令を受けてもそれを追い続け、さらなる妨害も乗り越えた先に巨悪が……というのは定番の展開だけど、それがifものとあらば、無視できない。


この作品では、ルーズヴェルト暗殺がifポイントで、それによりいまだ大恐慌の影響を脱しきれず、社会はファシズムの方向に進み、さらにはナチスドイツを手を結ぼうという暗黒の世界に向かっている。現代日本では、ポピュリズム全体主義はすっかり身近になっちゃってるなぁ、というのは置いといて(笑)。主人公がバリバリのヒーローではなく、体制に迎合する人間でもない、手が届く範囲の平穏を望む人間像であるがゆえ、専制国家の圧力がじわじわと彼を締め付けていく。この全体主義の空気そのものが推進力になっていて、そこから逃れられるのか、飲み込まれるのかがフックになっている。


物語は謎の死体から始まるものの、それは早々に脇に寄せられ、ヒトラーと大統領の会談とその暗殺計画に焦点が当てられていく。
それと同時に、家族の危機、気の進まない集会出席などが描かれていくんだけど、その全てに専制国家アメリカの空気が感じられ、主人公が感じている危機感と彼に見えていない危険が読者にも感じれ、ファシズムの恐怖が色濃く映し出される。


原題は重層的な意味を帯びていて、秀逸だと思う。
一見、いかにもアメリカ的な題名だなぁと思うものの、「AMERIKAN」って「k」だっけ? と居心地の悪いものを感じる。
本来ならば第三帝国の鷲に対抗する、アメリカの鷲であるはずなのに、「k」の一字によってアメリカもドイツ(=ナチス)的になっていること、この二羽の巨鳥によって世界が影に覆われることが記されている。
しかし、もしかしたら、本来の「AMERICAN EAGLE」に……


ユダヤ警官同盟*1や〈ファージング〉三部作*2に比べると、if的なワンダーは弱いけど、エンタメ的スピード感でリーダビリティはいい。
また、こんな絶望的な世界だからこその正義と、エンタメ的であるがゆえのドラスティックな主人公の行動は上記した作品にはなかった、ある種のカタルシスがある。