ACT OF VIOLENCE

暴行 (新潮文庫)

暴行 (新潮文庫)

夜勤から戻ったキャットは、自宅のあるアパートメントの中庭で暴漢に襲われる。幾多の住人が犯行の模様を目撃しながら、誰も通報しない。彼らもそれぞれ、己の人生の岐路に立たされていたのだ――。“傍観者効果”という用語を定着させた現実の事件をベースに、人間の内なる闇と1960年代ニューヨークの病巣を鮮やかに決り出す迫真の同時進行サスペンス。CWA賞最優秀新人賞受賞作。

アパートが舞台というのもあるのかもしれないけど、『童夢*1と感触が似ているという印象を持った。


アパート中庭で女性が暴漢に襲われる。騒ぎを聞き、何人もの住人たちはそれを目撃するが、誰一人として通報しない。
目撃者が多いが故に、他の誰かが動くだろうと考えて、結局誰も何もしない、後に「傍観者効果」と名付けられる実際の事件を元に描かれた作品。
普段の生活の中でも、「傍観者効果」を体験した人は少なくないと思うんだよね。
ただ、この作品は告発テーマにしているわけではないのがユニーク。


警察が信用できず、通報者の匿名性も保証されていなかった時代というのが大前提。
目撃者はたちは、彼らは彼らで、のっぴきならない状況にあった。
二者択一の物語で、被害者が運転している車を直進させるか、左折させるか、という象徴的な描写が冒頭にある。
同じように、彼らも人生の岐路に直面していた。客観的に見れば、一人の女性に生死がかかってるのに!と批判は簡単だけど、その瞬間においては自分たちの問題の方に重きをおくのは当然なんだよね。誰だって、通報したことによって、面倒に巻き込まれたくない。これは、全くの善意で行動したフランクが、まさに後半で見舞われてしまうのだから、単なる仮定ではない。
被害者も直進していれば暴漢には遭わなかったけど、やはり面倒に巻き込まれた可能性はある。
人生は一瞬一瞬の選択と偶然の上に積み上がっている、ということを様々エピソードで語っていく。


キャラクターにどれくらい実在の人物をモデルにしているかはわからないけど、出てくるのは『童夢』のように当時のアメリカで顕在化し始めた問題ばかり。
同性愛、児童虐待、性の多様化、老人介護、人種問題、理由のない殺人……。被害者のように、都会で結婚もせずに働く女性は少なかったのかもしれない。
それらが事件を機に浮き彫りにされる。
そのそれぞれの物語がオムニバスのように語られていくんだけど、一つ一つが非常に印象的。存在しない妻子の写真を飾る男、初めてのスワッピングで混乱する男、因縁のある相手を助けることになる救助隊員、当時としては珍しい黒人と白人の夫婦、などなど。
彼らが悲惨な事件を見て見ぬふりをした一方で、彼らの選択が少しでも人生を幸福にできればと願わずにはいられない。