THE CORONER’S LUNCH

老検死官シリ先生がゆく (ヴィレッジブックス)

老検死官シリ先生がゆく (ヴィレッジブックス)

2巻*1の評判がいいので、まずは1巻から着手。

シリ・パイプーン、72歳。みごとな白髪に透き通るような緑の目をした老人だが、ただの年寄りではない。ラオス国内で唯一の検死官だ。引退して年金生活を楽しもうと思った矢先に任命され、やむなく勤務することになった検死事務所は、医薬品も乏しく、設備もお粗末。しかし、障害があるが解剖の腕は抜群の助手、しっかり者のナースなど一風変わったメンバーに囲まれて、訳あり死体続々のスリリングな日々が待っていた! そこでシリ先生は、死者が語る真実にやさしく耳を傾け、事件を解き明かしてみせる。気骨と人情で慕われる老医師が渋い推理を披露する、素朴なアジアン・ミステリー。

皮肉屋な72歳の検死官シリ先生。彼をサポートするのが口は悪いがしっかり者の看護婦と抜群の記憶力と手先の器用さを持ったダウン症の青年。
この凸凹トリオが、ほとんどの読者にとって未知の70年代のラオスを舞台に活躍するユーモア・ミステリーかな、と発売当時スルーしたんだよね。
裏表紙のあらすじ読んでもその印象は拭えないし、表紙はほのぼのしてるし、原題さえも「検死官のランチ」でそれを補強。


しかし、あらすじにある「死者が語る真実にやさしく耳を傾け」っていうのは、『死体は語る』*2的な意味ではなく、『MAKOTO』*3的に、幽霊がシリ先生の元を訪れてくる、という意味。
そう聞くと、興味がそそられるでしょ?
しかも、シリ先生の前世(守護霊?)はスタープラチナ並の強さ(笑)


物語はシリ先生の解剖技術と霊からのヒントによって、事件を解き明かしてくというパターン。語り口はユーモアながら、そこで起きる事件は、社会主義に転向したばかりのラオスで、隣国とのきな臭い政治的問題、とけっこうシリアス。検死も当時のラオスの死因(寄生虫の言及など)がしっかりと語られる。
のんびりした風土は、徐々に社会主義的監視社会に移っていくことが示唆されている。合理化が目指され、霊媒など非科学的なものは否定されていく。
しかし、その不安定な時代の隙間で、霊たちの存在が不自然でないんだよね。


主人公の危機が何度も偶然の力で回避されたら、その物語構成には呆れると思う。それが霊のおかげだとしたら、なおさら。
でも、この物語では気にならない。
中盤、ちょっと唐突なんだけど、悪魔祓いのエピソードが出てくる。それさえも、ミステリーのはずなのに楽しく読んでしまう。
お盆に、キュウリとナスで馬と牛を作ることに、なんの疑いもなく、風習として受け入れている感じに近い。彼岸と此岸が地続きという感覚は、同じアジアの血なのかなぁ。


ミステリーより、そういう霊的な部分とシリ先生と仲間たちのユーモラスな掛け合いが印象に残る。ラストも、ホラー的で笑っちゃうけどゾッとする。