BROOKLYN

ブルックリン (エクス・リブリス)

ブルックリン (エクス・リブリス)

舞台はアイルランドの田舎町エニスコーシーと、ニューヨークのブルックリン、時代は1951年ごろから2年間あまり。主人公アイリーシュはユニスコーシーに母と姉と共に暮らす若い娘。女学校を出て、才気はあるが、地元ではろくな職もないので、神父のあっせんでブルックリンに移住する。そしてアイリッシュ・コミュニティの若い娘たちが住む下宿屋に暮らし、デパートの店員となる。しかしホームシックに悩み、簿記の資格を取るため夜学に通い、週末にはダンスホールに行く。そこでイタリア移民の若者トニーと恋に落ちるが、思わぬ事情でアイルランドに帰国する。ブルックリンへ戻るつもりでいたが、地元でハンサムなジムと再会……。当時の社会と文化の細部を鮮やかに再現し、巧みな会話と心理描写が冴えわたる傑作長篇。

事件や悪人が出てくるわけでもなく、特に何事も起きないにもかかわらず、これがなかなか読ませる。


時は1951年ごろ、二十歳前後の女性の人生の2年間を切り取る。
舞台はアイルランドの田舎町とニューヨークのブルックリンで、家と職場とダンスホールというローテーション。お金があるわけでもなく、デパートの店員と簿記の勉強で、エキサイティングな出来事は起きそうにない。
ほとんどの人々と同じく、人生はルーチンワーク
しかし、広くはない彼女の視界に映る風景のディティールが細かく描写され、それによって当時の風俗や社会状況が浮き彫りになり、物語としては無味乾燥な表現になってしまいそうな彼女の人生を豊かな読み物として形作る。


最初に書いたように、悪人は出てこないし、誰が悪いわけでもない。だが、これは呪縛と喪失の物語。
細部の描写で1950年代の生活と文化に色彩を与えることによって、呪縛の堅牢さと喪失のはかなさを極めて強く意識させる。
アイルランドとブルックリン、その両者に完全には属していない主人公はまるでシュレディンガーの猫のよう。ブルックリンにいるときは田舎の記憶は薄れ、アイルランドにいるときは都会生活はまるで夢の出来事。
その両方で恋をし、非常に幸せそうだが、無論両者と結ばれることはできない。彼女の選択は呪縛であり喪失。


彼女の選択が、幸せな人生を送れればいいのだけれど……