時間はだれも待ってくれない

時間はだれも待ってくれない

時間はだれも待ってくれない

21世紀に入ってからの東欧SF・ファンタスチカの精華、10か国12作品を、新進を含む各国語の専門家が精選して訳出した、日本オリジナル編集による傑作集。
 

 収録作品
・「ハーベムス・パーパム(新教皇万歳)」……ヘルムート・W・モンマース
・「私と犬」……オナ・フランツ
・「女性成功者」……ロクサーナ・ブルンチェアヌ
・「ブリャハ」……アンドレイ・フェダレンカ
・「もうひとつの街」……ミハル・アイヴァス
・「三つの色」……シチェファン・フスリツァ
・「カウントダウン」……シチェファン・フスリツァ
・「時間はだれも待ってくれない」……ミハウ・ストゥドニャレク
・「労働者階級の手にあるインターネット」……アンゲラ&カールハインツ・シュタインミュラー
・「盛雲(シェンユン)、庭園に隠れる者」……ダルヴァシ・ラースロー
・「アスコルディーネの愛─ダウガワ河幻想─」……ヤーニス・エインフェルズ
・「列車」……ゾラン・ジヴコヴィッチ

純粋にSFだけでなく、ファンタスチカも収録されているので、どちらかと言うと幻想的な話が多い。
英語やロシア語からの重訳ではなく、原語からの翻訳というのが、この本の成果の一つ。そのため、編者による訳者への応援が半端なく熱い(笑)
まぁ、確かにラテンアメリカの作品に比べても、東欧の紹介は少ないから頑張って欲しいよなぁ。
また、巻末の沼野充義による東欧の定義も非常に勉強になる。確かに東西冷戦後の東欧って、確固たるイメージはなくなってるよね。チェコクロアチアと行ったけど、以前のようなイメージは皆無だったし。


お気に入りは、
・「ハーベムス・パーパム(新教皇万歳)」
 オーストリア作品。
 はるか宇宙の果てまで広がったキリスト教
 今では、女性はおろか、異星人や人工知能枢機卿もいる。
 新教皇に選ばれるのは?


・「私と犬」
 ルーマニア作品。
 どんな病気も、ほとんど治せるようになった未来。
 そこで、息子を最後の安楽死で亡くした老人。
 彼は一人、生活していくが……
 老人は何も変わらず暮らしているつもりでも、世界は物凄いスピードで変化していくさまに哀しさを覚える。
 変化についていけないことでなく、興味が持てなくなることが老い
 その彼が世界と辛うじてつながっているのが犬。


・「もうひとつの街」
 チェコ作品。
 例外的に、この作品だけ長編の一部を収録。
 ぜひ全編訳して欲しいなぁ。
 たまたまなのか、もともと多いのかわからないけど、チェコ作品はプラハを舞台にしたものが多い。
 実際に行ったことがある地名が多く出るので、それだけで面白さが何割か増し(笑)


・「時間はだれも待ってくれない」
 ポーランド作品。 
 戦前に祖父が住んでいたアパートの写真を探している青年。
 あらかた手に入れたのだが、とある骨董品屋が面白いものを見せてあげようと言ってきた。
 彼が言うには、建物には記憶があるというのだが……
 ジャック・フィニィのタイムトラベルに近いかな?
 しかし、フィニィが暖色系なら、あくまでこちらは寒色のイメージ。
 石畳の重みを感じる一品。


・「労働者階級の手にあるインターネット」
 旧東ドイツ作品。
 ある日、見知らぬメールを受信した男。
 それは自分と同名で、しかも今はない東ドイツから送られてきているらしい。
 手の込んだいたずらと考え、いかにも東ドイツ風の返事を送るが……
 すでに20年以上経ったけど、当事者が忘れられるはずもない。
 やっと、過去の呪縛から逃れられたと喜ぶものの、向こう側の可能性に寂しさも覚える。 


・「盛雲(シェンユン)、庭園に隠れる者」
 ハンガリー作品。
 素晴らしい庭園を持つ皇帝の前に現れた盛雲と名乗る男。
 彼は、丸一日、庭に隠れていられるというが……
 ハンガリーには中国ものというジャンルもあるそうで、これはそんな一作。


あえてマジックリアリズムという言葉を借りるなら、ヨーロッパの歴史の深さ・重みをマジックリアリズム的に表現している作品が多い。ただし、それらは地続きではなく、「現在」と「現在ではない」ものがレンガのように重なって存在し、その歴史に触感が備わっている。
個人的経験だけど、クロアチアドブロブニクは内戦で破壊されても、元通り修復して住み続けるという光景を目の当たりにすると、これらの作品で表現されるイメージをなんとなく実感できたと思う。