THE STOLEN CHILD

盗まれっ子

盗まれっ子

何年も待ちつづけてきてようやく人間の子供に戻ったヘンリー・デイ。ある日突然、ホブコプリンとして生きることになったエニデイ。森の中の魔的な世界と現実の世界、子供時代の記憶と大人の時間、幸福と孤独。立場を取り替えられたふたりの少年が過去と決別し、自分の人生を見つけるまでの姿を鮮やかに描き出す。

ヨーロッパの伝承にある取り替え子を題材にした、自分探しの物語。


この取り替え子のシステムがかなりユニーク。ホブコプリンは元々は人間で、様々な条件からターゲットの子どもを見つけると、入念なリサーチを経て、一番の古株が変身してその子どもと入れ替わり、さらわれた子は下っ端ホブゴブリンとなる。
ホブゴブリンは魔法的存在で、まさに「学校も試験もなんにもない」状態なんだけど、食べ物や服は盗まなければならないし、怪我で死ぬこともある。彼らの生活は、トム・ソーヤー的秘密基地のようでもあり、永遠の子どもに憧憬が重ね合わさられている。しかし、入れ替わらない限り永遠に子どもという自然の輪から外れた彼らは壊れた存在で、その内面だけが少しづつ成長するものもあれば、狂気にとらわれていくものもある。
ホブゴブリンのパートはちょっと『蝿の王*1に似ているような気もするけど、野性にいるからこそ、永遠をかけてアイデンティティを保とうとするエニデイとスペックは美しい。


一方、人間に戻ったヘンリー・デイは、徐々にホブゴブリン時代のことを忘れていき、人間生活を謳歌すると思いきや、本来の自分のルーツを探し始め、自分と妻にまるで似ていない息子(元々の自分の血筋の顔)やホブゴブリンが息子を奪おうとしているのではないかと苦悩する。
ただ、ヘンリーは自分がホブゴブリンだったからだと思っているけど、彼の悩みは家族を持った大人として普通なんだよね。彼はエニデイとは逆で、姿は大人だけど中身はまだ伴っておらず、家族ともギクシャクしてしまう。


この両者が特徴的なのは、以前の暮らしを懐かしんだり、現状を悩んだりするんだけど、けっして相手を恨まないんだよね。だから、かなりゾッとするような設定だと思うんだけど、暗さは感じられない。特にエニデイは、自己を盗まれたにもかかわらず、今の自分を確固たるものにしていこうとする。ホブゴブリンたちがヘンリーが退屈な大人になったな、という感想を抱くところに幸せに近いものを感じる。彼が目的地にたどり着くのを応援せずには居られない。
ヘンリーもまた、自分の影(エニデイ)と向きあうことで人生の次のステップを踏み、彼らを憐れむことも自分を責めることも止める。


二人が、今の自分をあるがままに受け入れる方法が音楽と文章で、人生はただ生きるだけではない、というメッセージがまた暖かく、清々しい。