THE WINDUP GIRL

ねじまき少女 上 (ハヤカワ文庫SF)

ねじまき少女 上 (ハヤカワ文庫SF)

ねじまき少女 下 (ハヤカワ文庫SF)

ねじまき少女 下 (ハヤカワ文庫SF)

作者のデビュー長篇。

石油が枯渇し、エネルギー構造が激変した近未来のバンコク。遺伝子組替動物を使役させエネルギーを取り出す工場を経営するアンダースン・レイクは、ある日、市場で奇妙な外見と芳醇な味を持つ果物ンガウを手にする。ンガウの調査を始めたアンダースンは、ある夜、クラブで踊る少女型アンドロイドのエミコに出会う。彼とねじまき少女エミコとの出会いは、世界の運命を大きく変えていった。主要SF賞を総なめにした鮮烈作
聖なる都市バンコクは、環境省の白シャツ隊隊長ジュイディーの失脚後、一触即発の状態にあった。カロリー企業に対する王国最後の砦〈種子バンク〉を管理する環境省と、カロリー企業との協調路線をとる通産省の利害は激しく対立していた。そして、新人類の都へと旅立つことを夢見るエミコが、その想いのあまり取った行動により、首都は未曾有の危機に陥っていった。新たな世界観を提示し、絶賛を浴びた新鋭によるエコSF

まず、題名がぞくぞくするほどキャッチー。いびつで、愛らしく、愛玩でありながらエネルギーも表現し、生々しさと同時に、人工物の輝きを持つこの題名は、内容をそのまま表していると言っても過言でない。


石油が枯渇し、エネルギーはゼンマイに変わり、遺伝子組換え作物の企業に支配された世界。遺伝子バンクを保持し、企業に対抗しているバンコクを舞台にした群像劇。
読者にとっては異形だけど、キャラクターには当たり前なので、世界観や単語の説明はほとんどない。そのため、彼らの言動に不自然さはなく、読者は自然に異質な世界に浸っていくことになる。主人公の視点が変わるたびに、世界のディティールは顕になり、その世界で生きていく彼らの造形も深くなる。同じ世界を描いた「カロリーマン」*1や「イエローカードマン」*2などの短篇も併読することによって、その世界はより見えてくる。


デビュー長篇がヒューゴー・ネビュラを受賞したのは『ニューロマンサー*3以来ということなので、あえて比較して語ると、チバシティが知っている地名が当てられただけのファンタジーなら、『ねじまき少女』のバンコクは、いつかはわからないけど、現在と地続きだということに打ちのめされるような実体感。特に、エネルギー問題と水のイメージの点で、3.11以降の日本人には切迫した空気が感じられると思う。
バンコクを舞台にしたのが上手い。汗したたる熱帯が、人力か、メゴドント(ゾウを遺伝子改造した巨獣)によるゼンマイ巻だけという、エネルギーが目に見える形しかない世界を非常に強く印象づける。何気ない描写だけど、現代とはまるで意味の変わってしまったエレベーターガールがお気に入り。


利害の違う5人の主人公が入れ替わりながら展開していくんだけど、交代するたびに読者として肩入れしたくなるキャラクターも入れ替わる。ディストピアに近い未来だけど、人物造形が類型的でなく、その世界で生き延びていこうとする力強さと狡さを備えているため、それまでの生活が破壊されようとも、そこに重苦しさや暗さは感じられない。
唯一戯画的なキャラクターがギボンズで、彼は神でありトリックスター。それ故、物語に積極的には関わってこない。だけど、彼の存在は物語を超えた余韻を残す。


舞台設定とキャラクターが不可分であり、SFならではのドラマが楽しめる。
短篇やインタビュー*4と併せて、オススメ。


今までにも何度か呟いたけど、やはり沓澤龍一郎と印象が被るなぁ。熱帯雨林サイバーパンクと言うミスマッチな食合せの妙か。