THE BRIEF WONDROUS LIFE OF OSCAR WAO

オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス)

オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス)

『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』ジュノ・ディアズ〈新潮社CREST BOOKS〉


「もし一緒にゲームに参加してくれたらカリスマポイントを18あげるんだけど!」
近年、文学史上最高のナンパ文句(笑)

オスカーはファンタジー小説ロールプレイング・ゲームに夢中のオタク青年。心優しいロマンチストだが、女の子にはまったくモテない。不甲斐ない息子の行く末を心配した母親は彼を祖国ドミニカへ送り込み、彼は自分の一族が「フク」と呼ばれるカリブの呪いに囚われていることを知る。独裁者トルヒーヨの政権下で虐殺された祖父、禁じられた恋によって国を迫われた母、母との確執から家をとびだした姉。それぞれにフクをめぐる物語があった――。英語とスペイン語マジックリアリズムオタク文化が激突する、全く新しいアメリカ文学の声。ビュリツァー賞、全米批評家協会賞をダブル受賞、英米で100万部のベストセラーをとった傑作長篇。

呪われた(?)一族の、ドミニカからのクロニクルも非常に骨太で読み応えがあるんだけど、やはり主人公オスカーのオタク用語だらけのパートが圧倒的魅力。
好きなキャラクターがレイストリンとか、骨折ギブスの応援コメントに目頭が熱くなりますよ。
個人的には「僕は努力することにアレルギーがあるみたいなんだ」にグッと来た(笑)
SF、アメコミネタに関する訳注は尋常じゃない量で、苦労が忍ばれる。それだけに、MARVELの『What If...』の注がなかったのは残念。あれはあった方がよかったよなぁ。
それだけなら、単なるヲタ小説。
個人的に、マジックリアリズムは文学的表現(比喩)と現実描写の見分けがつかないことだと思っているんだけど、この作品ではそのマジック部分が、本当に剣と魔法(もしくは光線銃と宇宙船。もしくはクリプトナイトとバットラング。もしくは……)に置き換えられている。ドミニカという国は聞いたことがあっても、ひどい独裁政権が敷かれていたことなど初耳の人間にとっては、その描写もフィクションと大差ない。圧政の様子を克明に描かれても事実だと思いたくない。そこでオスカーは、トルヒーヨ政権をサウロンやダークサイドといったオタクカルチャーで再構成することによって、逆に実感を持たせることに成功している。


以下ネタバレ


ラスト、オスカーの聖典である『WATCHMEN*1への書き込みに色々と考えてしまう。、
Dr.マンハッタンの創る新世界に行きたかったのかもしれないし、終末を目前に愛し合うナイトオウルとシルクスペクターに重ねたのかもしれないし、勝利しながらも不安げなオジマンディアスを見たのかもしれない。しかし、オタクなら好きなキャラは決まってるよなぁ〜。
放射能グモに噛まれることもなく、「シャザム!」と唱えなくても、正義感さえあればヒーローになれるのが『WATCHMEN』の世界。
ずっとヴィランに虐げられてきただけのオスカーが、最後の最後でヒーローとなる。
オジマンディアス(=カピタン)に負けると分かっている戦いに赴き、死を前に臆することなく正義を説き、第三者に手記を託した(かもしれない)ことからも、オスカーがドミニカに渡った時から死を覚悟し、彼が自分を誰に重ねていたかは一目瞭然。もしくは、書き手であるユニオールの優しさ。
彼は真に顔のない男となって、一族の「フク」という終末時計をリセットする……